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海外で起こった重大な原発事故はどのような事例があるか


日本での原発事故の事例といえば、福島第一原子力発電所事故が一番大規模な原発事故です。では世界全体だとどういった事例があるのでしょうか。今回は世界の原発事故の事例について紹介します。

世界最初の原子力事故

世界で一番最初に起きた、原子力に関係している事故は「デーモンコア事故」です。1945年にアメリカのロスアラモス研究所で起きた事故で、プルトニウムの塊を用いた臨界状態に関する研究の最中に起こりました。臨界状態とは「原子核分裂の連鎖反応が一定の割合で継続している状態」のことで、プルトニウムが臨界状態になると「中性子線」という人体へ大きな悪影響を与える粒子線を大量に放射するため、実験は慎重に行われていました。
しかし、実験を行っていたハリー・ダリアンは、プルトニウムの塊に反応させていた実験材料を誤って落としてしまい、即座にプルトニウムの塊が核分裂を起こし、放出された大量の中性子線を浴びてしまい、25日後に急性放射線障害のため死亡しました。これが世界で最初の原子力に関係する事故です。

世界の原子力発電所事故

国際原子力機関 (IAEA) と経済協力開発機構原子力機関 (OECD/NEA) の2つの国際的な原子力に関する機関が策定した、「国際原子力事象評価尺度」という原子力事故の被害を表す尺度があります。
1番上の段階のレベル7に分類されているのは「福島第一原子力発電所事故」「チェルノブイリ原子力発電所事故」の2つだけです。
レベル6はロシアの「ウラル核惨事」だけで、レベル5以下は複数件確認されています。

チェルノブイリ原子力発電所事故

事件は1986年にソビエト連邦(現在ではウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で起きました。操業休止中だった4号炉が、外部電源喪失した事態を想定した非常用発電系統の実験を行っていた際に制御不能に陥り、炉心が融解し、爆発しました。爆発によって原子炉の内部にあった放射性物質が周囲に飛び散り、その放射性物質の量は広島に投下された原子爆弾「リトルボーイ」が放出した量の約400倍ともいわれています。
犠牲者は運転員と消防士を合わせた33人とされていますが、事故当時にソビエト連邦は事件が起きたことを発表しなかったため、周辺住民は事故のことを知らずに生活を送り、かなりの放射性物質を浴びて被曝しています。
また、事故の処理を行った予備兵、軍人、炭鉱労働者などにも多数の死者が確認されていることや、事故後の周囲で小児甲状腺ガンをはじめとする放射性物質に起因するとみられる病気が急増していることから、正確な犠牲者の数は未だ明確ではありません。

スリーマイル島原子力発電所事故

スリーマイル島原子力発電所事故は1979年、アメリカ合衆国ペンシルベニア州のスリーマイル島原子力発電所で発生したレベル5の大規模な原発事故です。当時、原子炉の部品の樹脂を移送作業を行っていたのですが、作業は想定よりも難航していました。この時に、樹脂を移送するための水が原子炉の弁などを制御する計装用空気系に混入したことで誤作動し、冷却水が供給されなくなり、除熱ができない状況になったため安全弁が開きました。
しかし、この時に安全弁が開いたまま固着してしまい、そこから原子炉冷却材が蒸気となって減っていきました。そこで原子炉は自動的に制御棒をすべて投入して核反応を停止させる機能が働きましたが、原子炉内部はすでに圧力が低下していて、沸騰した冷却材の蒸気泡が水位計に混入したことで正確な数値を示さなくなったので、運転員が冷却材過剰と勘違いして非常用の機能が停止されたことで、熱が下げられなくなり、炉心融解が起こりました。大きな健康被害はなかったとされているものの、乳幼児死亡率の増加傾向がみられました。

おわりに

今回は世界の原発事故を紹介しました。原子力発電所はかなりの電力を供給する一方で、事故が起きた際には適切な対応をしなければいけないデリケートな存在です。常に事故のリスクを考慮しなければいけないので、廃炉に向けた動きが強まるのも納得できます。

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放射能と汚染問題

放射能と汚染問題

福島第一原発事故は私たち日本人にとって放射能の脅威を知るきっかけになったかもしれませんが、過去にはチェルノブイリ、スリーマイルといった場所でも原発事故が起こっています。このサイトでは世界のエネルギー問題と放射能との関係性についてまとめたものをご紹介しています。